旅を地図に託す──ツーリングマップルという道標
地図とは、旅の始まりである。
そして、バイク乗りにとっての地図は、ただの道案内ではない。
それは、風の匂いと地面の質感までも描き出す、もう一つの相棒だ。
ツーリングマップルは、そんな「走る者」のために生まれた、特別な地図帳である。
それは旅人の目線で描かれた風景であり、ライダーの鼓動に寄り添う紙のナビゲーターだ。
紙の中に広がる、風の匂い
この地図帳が誕生したのは1980年代。
昭文社が発行する「ツーリングマップル」は、バイクで旅をする者たちのために編まれた、まさに「旅人の聖典」だ。
高速道路の料金、二輪通行禁止区間、峠道の路面状況――
それらは、Googleマップでは決して教えてくれない情報だ。
ツーリングマップルは語る。
「この道は朝霧が美しい」「ここからの夕日は涙が出るほど静かだ」と。
地図でありながら、エッセイでもある。
情報でありながら、詩情でもある。
旅人の声で綴られた情報
この一冊は、単なる編集者の机上の空論ではない。
全国を実際にバイクで走り込んだライダーたちが書き記す、生きた“走行記録”だ。
たとえば、「この道は快走できる」と一言あれば、ライダーは安心してアクセルを開けられる。
「ここの交差点は見落としやすい」とあれば、そこに気を配る。
まるで見知らぬ誰かが、1ページごとに「お前の旅がうまくいきますように」と願っているかのようだ。
その温度が、この本にはある。
選べる形、広がる景色
ツーリングマップルには2つのスタイルがある。
- 通常版(A5判):コンパクトで軽く、荷物にならない。リアバッグにもスッと入る。
- R版(B5・リング製本):より大きな紙面で見やすく、ページを180度開いたまま固定できる。
どちらも、目的地に辿り着くためだけの地図ではない。
ページを開くたびに、「まだ見ぬ風景がここにある」と教えてくれる装置なのだ。
地図の中に、道の気配がある。
舗装の質感やカーブのリズムまで、伝わってくるような感覚。
デジタルでは、辿りつけない場所がある
確かに、今はスマホ1つで世界中の道が見られる。
だが、電波が届かない山奥で、ツーリングマップルは静かに力を発揮する。
その紙の手触り、指でなぞる等高線、傍らに書き込まれたひと言が、
デジタルには決して宿らない「旅の記憶」を形作っていく。
地図というよりも、これは一冊の旅日記である。
そして、次の旅を生むための種でもある。
あなたの走りは、どこへ向かうのか
ツーリングマップルを片手に走るということは、
地図に描かれていない感情や偶然との出会いを、全身で受け入れるということだ。
たとえ予定通りにいかなくてもいい。
思いがけない道で、見知らぬ風景に出会えば、それがもう「旅」になる。
この本は、そんな旅を後押ししてくれる。
走るたびに「知らなかった自分」と出会わせてくれる。
道を選ぶための地図ではない。
生き方を問うための地図なのだ。
最後に──地図を、もう一度、開いてみよう
旅はいつだって、風と孤独と自由のあいだで揺れている。
そんな時間の中で、ツーリングマップルは変わらずにそこにある。
紙をめくると、知らない道があった。
でも、なぜか懐かしい気がした。
それは、地図が心の奥にある「走りたい気持ち」を呼び起こしてくれるからかもしれない。
旅に理由はいらない。ただ、走ればいい。
ツーリングマップルがある限り、その走りには意味が宿る。
今日もまた、新しいページをめくって走り出そう。
まだ知らない道が、あなたを待っている。